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    幻の如く  (no 96.9月7日)

    投稿日:2014年9月5日

    先月のアドラーの話は、ギリシャ哲学を基にしているそうです。

    時代を超え、現代にも通用する思想であるとは、改めて驚きです。

    しかも、資本主義や民主主義がなかった時代の話ですから…。

     

    資本主義社会での会社経営は、縦社会の指示系統がしっかりと築き上げられていないと、

    烏合の衆ごとくバラバラになってしまい、効率のよい経営はできません。

    個人の自立を進めるアドラー哲学とは、少し異質のように思えてなりません。

    混沌とした善悪がはっきりしない時代をしっかりと生き抜くためには、

    羅針盤的役目の理性とか正義感が必要ですが、

    その中でも、「理性と感情」とか「正義と情」のバランスがより大切なようです。

     

    「理性と正義」を優先させる方が、成功の道が開けると思うのですが、

    「感情と情」の心が寄り添わないと、言い換えると「正義と情」であれば、

    正義をあいまいにしながら、しっかりと正義を貫かないと、

    花が咲かないところに人生なり会社経営の楽しさがあるようです。

     

    73歳になった高齢者の、今の楽しみは「歩く」ことと、

    朝の連続テレビ小説「花子とアン」と日曜日の大河ドラマ「軍師官兵衛」です。

    「花子さん」は刻々と変化する厳しい状況にも係らず、

    権力者に全てに同調せずに子供達に夢を与え続ける事、

    「官兵衛」は生きることの大切さと、ムダな戦はしないという戦国時代にを生き抜いた思想に、時代を超えて共鳴します。

     

    少しだらしない話ですが、 『「すみません」の国(日本経済新聞出版社発刊著者榎本博明参照)』の通り、

    環境に流されている自分を再発見しました。

    私達日本人(私のこと)は、とりあえずその場を和ませる為や、スムーズに事を運ぶ目的ですぐに謝るそうです。

    言い換えると「正義より情」を優先される思考である事になります。

     

    どんな問題が起きようとも、「なんとかなるよ」と安心依存症になっている私達は、

    重大な問題(赤字国債、年金、政治、環境、原発等)があっても、安心ボケになって仲良く暮らしています。

    一方、自分の視点を絶対化しがちな欧米人などは、

    それぞれに自分が正しいと信じ、自分には非がないという自己主張をどこまでもし続けるため、

    激しく対立せざるを得ない状況を作り上げてしまうそうです。

     

    先月でアドラーの説く、「過去の結果」からの原因分析ではなく、

    「目的」だけが判断基準だとの思想に強く共鳴したのですが、

    過去を大切に生きる事が大切だと主張される人達が殆どです。

    その中で、目的が大切だと思っても理解は得難く、犬の遠吠えのようです。

     

    この世の中の人間関係も、会社経営も同じように難しいものと理解できました。

    「断・捨・離」ではないけれど、最後に残るのは、

    For  You」の心である「他者への貢献」です。

    なんと不思議なことに、この一言で理解に苦しんだアドラー旋風は幻の如く氷塊してしまいました。